清水 美恵さん
(ミュージシャン)

「うわっ、なにこれ?」と心の中で叫んだ瞬間、私の瞳からはまるで滝のように涙が流れていました。優しいけれど、しっかりと握りしめられた右の手からは温泉水のような暖かいものがどくどくとながれ込んでくるのをただ驚きとともに感じていました。
その温泉水のような暖かい何かは私の右の手のひらから足の先、頭のてっぺんまで全身に行き渡ろうとしています。やがて胸が熱くなります。たまっていた悲しみや痛みがどんどん胸の中心辺りから外に吹き出すかのようです。止まらぬ 涙が慟哭に変わろうとするのを押さえるのに努力が必要でした。
はあーっ、心の奥底からの深いため息とともに「わたし、間に合った」また心が言葉を発します。言葉にできない感謝の思いが溢れ出し涙は止まりません。すると私の目の前に干涸びた干しいちじくの様な形をした塊が現れたのです。この干涸びた、今にも土に還りそうなこの塊はそのときの私の魂に違いありませんでした。いかにも瀕死寸前の魂が、助けられようとしていました。ぎりぎりのところで。「間に合った」心が何度もつぶやきました。右の手から流れ入る暖かい何かがどんどんその干涸びた塊に水分を与え、やがてその干しイチジクは膨らみ始め、生気を帯びてきます。ありがとう、間に合いました、私は助かりました。心で何度も叫びながら私の右手を握ってくれている女性の方を振り向くと、「全部わかってるよ、それでいいんだよ、よかったね。」という表情で明るく微笑んでくれています。その女性がまさしく澄子さんであり、これが私のクリアゼーションの初体験です。

14年前、ある人気絶頂の実力派アーティストのプロデュースを得て CDをリリースしたばかりの私は大きなホールや体育館でのコンサートツアーに参加し、前座を務めさせていただいておりました。
コンサートに駆けつけてくださっていた澄子さんのお宅でクリアゼーションを体験すべく楽屋口から澄子さんとともにタクシーにのり込んだ直後の経験でした。私の隣に座られた澄子さんがさっと私の手を取り何も言わずに握ってくださったのです。

あの時の感覚は一生忘れることはありません。今思えばあのとき温泉水のようなと感じた何かの正体はおそらく、今でいう、愛、光、高い波動、宇宙のエナジーといったものなのでしょうか。その当時はあまり見えない世界の事に対する表現が乏しかったように思います。知らぬ は私ばかりかもしれませんが。

当時の私は自分の実力に対する自信のなさ、大役に対するプレッシャーだけではなく、嫉妬や妬みを感じずにはいられないあからさまないたずら電話などに悩まされていました。
徐々に私の心は傷つき、さらに自信を無くし、誰を信頼すればいいのか?どの言葉を信じればいいのか?まさに、八方ふさがりで他人どころか自分自身をまず信用できない状態でした。満面 の笑顔で、平気なふりをし、明るく振る舞っていましたが心はどんどん置き去りにされており、まさに魂はSOS を叫んでいたに違いありません。

そんな時、まるでぎりぎりのところで準備されていたかのように、魂の叫びを聞きつけてくれたかのように澄子さんが現れてくれたのです。

その後のクリアゼーションの体験はすばらしいものでした。
私に多くのヴィジョンとメッセージを与えてくれました。筆舌に尽くしがたいものです。私は徐々にもとの健康な体と心を再び取り戻しました。
以来、私は暇さえあれば、両手をひろげ、瞑想をしました。気がつくと何時間もたっていたなんて事がよくありました。体と心をゆだね宇宙に身をまかせる。心が澄み渡り、愛でいっぱいになる。自分だけでなく周りのもの、暮らしの中の何でも無いようなものがキラキラ輝きだし、生きているすべてのものが愛おしくなる。
そんなクリアゼーションによる瞑想が楽しくって仕方がありませんでした。

十代の後半からヨガに親しみ、瞑想とはどういったものかの一端を知っていたつもりの私はこのクリアゼーションという最高にシンプルで、高レベルの瞑想を知ったとき、驚きと感激と共に目からウロコが落ちる思いをいたしました。
おそらく誰もが長い修行を積んで、やっと踏み入れる事のできる境地に最短距離で到達できる瞑想なのです。こんなすごいもの、知ってしまったけれど、いいのかしらと、冷静に後から後から思うのです。本当は全てシンプルなのだ。透明に見えるダイヤモンドの輝きににて、シンプルな透明なもの、そこには全ての色、輝きが備わっているんだ。
難しくややこしくしているのは私自身のエゴであったり執着であったり欲であるんだ。ああ、無駄 ばかりしていた、自分で、自分を傷つけていた。そんな事にも気付かされました。勿論、人間ですからあっちにいったり、こっちにいったり、進んだり、後ずさったりいろいろありますでしょうが、この瞑想を体験した人ならば、必ず、還る場所を見つける事と思います。クリアゼーションで得る解放感、愛、自由、喜び、という感覚はすなわち、肉体を持ってして高次の魂に触れる、すなわち魂の家に戻る行為そのものだと思うからです。こんな瞑想ほかには、無いと思います。誰しもがこの感覚を得る事ができるなら、世界平和も絵空事ではない気がします。今、このクリアゼーションという文字を読まれているあなた、あなたにもこの感覚を得るチャンスがあるということ、楽屋口からタクシーに乗り込もうとしていた14年前の私と同じチャンスに恵まれているのだという事、今こうして想像するだけでワクワクします。

澄み渡った宇宙とつながり心も体も浄化される、高次元の自分と会話する。高い意識に目覚めどんどん素敵な自分になれる。クリアゼーションをつづければ、そんなわくわくするような事が本当に実現するに違いないと私は思います。干涸びた魂に再び、命を与えてくれた澄子さんと、クリアゼーションに心から感謝をこめて。
ありがとう。

清水 美恵

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